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フルフィルメント瞑想は誰にでも簡単にできる瞑想法です
フルフィルメント瞑想によって経験される「空」
カルマがこの宇宙に存在する理由と解放する方法
フルフィルメント瞑想は自分自身でできる自己実現のテクニック
 
 
 
 
 
 
 

 

 
 

 





フルフィルメント瞑想によって経験される「空」

フルフィルメント瞑想は「空」を経験するテクニックです。「空」はこの宇宙に存在するすべての創造物の源となったところであり、あらゆる生命の根源となるものです。ここでは、すべてが存在する以前の状態で眠っています。

「空」には何もありませんが、すべてがあります。私たちが瞑想によって「空」に包まれるとき、マインドが執着しているすべてを手放して、この創造のすべてを手に入れていることが可能な状態になっています。

しかし、私たちは「自分が持っているもの」にしがみついて、すべてを手に入れることを拒んでいます。これはカルマによるマインドの誤解が引き起こしていることです。このことを理解するためには、実際に何度も「空」につながることで、マインドに「空」とは何かという経験をさせる必要があります。

「空」にはなにもありません。つまり絶対的な領域です。ここには「空」以外の何も存在しません。「空」はもともとひとつです。それで何か足りないということはありません。必然的に「空」はすべてに満たされており、充足した幸福な状態にあります。瞑想によって、幸せな感覚が残ることがありますが、それは「空」の資質を「空」がら持ち帰ってきたということです。

「空」は純粋であり、何かに影響を受けることはありません。あらゆる宇宙の動きから離れたところにあり、変化するということがありません。それゆえに「真実」であるとも言われています。

宇宙は常に変化しているために「真実」がありません。宇宙は、動いたり、消えたり、大きくなったり、小さくなったりする雲に似ています。それは見えていますが、確固たる実態がありません。この世界が幻想といわれているのはこのためです。

「空」は常にそこに存在し、変化することがありません。宇宙が無常であるのに対して、「空」は不動なのです。「空」が真実といわれるのはこのためです。

「空」には純粋な知性があります。表面のレベルで宇宙での出来事とかかわっているときでも、本当は何が起きているのかということを知っているのが「空」です。「空」は何が自然であるか知っています。

「空」はすべての源というところから見ています。「空」にとどまるとき、私たちは小さな枠から見た狭い視野ではなく、もっと広い視野を手に入れることができます。

瞑想によって、「空」の知性に触れ続ければ、気づきやインスピレーションが自然にやってくることに気がつくでしょう。

「空」はなにもありません。素晴らしいイメージや神秘的な光の造形を望むのなら、それらは期待はずれになるでしょう。しかし、「空」には創造の源というパワーがあります。それは神をも超越しています。そして、それは確かに自分の中に内在しているのです。

すべての源である「空」は私たちの存在の源でもあります。根源的な自分自身がここにあります。「空」こそが自分自身であると認識すること、

これが悟りです。

悟りを得るとき、「空」のパワーを手に入れますが、それは別の自分になることではありません。本当の自分になるということであり、自然な状態に戻るということなのです。

 


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